「1時間、音楽に耳を傾ける」カゲプロが変えた若者の音楽鑑賞文化

カゲプロ以前のVOCALOIDに存在した物語文化

ではここからは、カゲプロがVOCALOIDシーンに蓄積されてきた物語音楽や歌詞考察、コンセプト・アルバムの文化をどのように受け継ぎ、2010年代前半に大きく興隆していったのか、その経緯を見ていきましょう。

鏡音リン・レンの登場と「配役」

2007年12月27日、クリプトン・フューチャー・メディアから『VOCALOID2 鏡音リン・レン』が発売されました。そのキャラクター性を生かし、二人を姉弟、双子、主従、敵同士、あるいは同一人物の異なる側面を語る人物として起用する作品が生まれました。

ここでVOCALOIDは、単に作者が作った歌を歌うボーカリストであるだけでなく、楽曲ごとに異なる人物を演じる俳優のような役割を強く持ち始めます。

その代表的な作品が、mothyによる「悪ノ娘」(2008年)と「悪ノ召使」(2008年)です。

「悪ノ娘」では、贅沢を尽くして民衆を苦しめる王女の姿が描かれますが、「悪ノ召使」では、王女に仕える双子の弟の視点から同じ事件が描かれ、弟が王女と入れ替わって処刑されたことが明かされるため、一曲目では単純な悪役に見えていた人物の印象が、二曲目を聴くことで大きく変化します。

さらに同作品は、作者自身によって小説化されており、小説によって曲と曲の間にある空白を補い、その情報を得たうえでもう一度原曲へ戻るという、後のカゲプロとほぼ同じ鑑賞方法は、既に「悪ノ娘」シリーズの段階で成立していました。

その後、「悪ノ娘」シリーズと、囚人Pの「囚人」(2008年)、「紙飛行機」(2009年)、ひとしずくPの「soundless voice」(2008年)、「proof of life」(2008年)の作品は、後にファンから「鏡音三大悲劇」とまとめられるようになります。

この時点で、VOCALOIDの鑑賞者は既に、単曲を受動的に消費するだけではなく、作者の異なる作品同士にも共通する構造を見いだし、作品同士の関係を自ら作る能動的なリスナーになっていました。