VOCALOID 第3世代(商業化・大衆化)

VOCALOID 第3世代(商業化・大衆化)

概要

発祥:2010年 日本

全盛期:2012年〜現在

第2世代によって若年層からの人気を不動のものとし、さらにConcepted VOCALOIDによる多様なメディア展開が行われた結果、VOCALOIDが次に向かったのは商業化と大衆化の道であった。

2012年、livetuneによる『Tell Your World EP』がiTunes Storeで先行配信され、国内外で注目を集めたことを契機に、他のコンポーザーもメジャーデビューを果たす事例が増加。以降、メディアミックス展開や商業歌手とのコラボレーションを行うコンポーザーが目立つようになった。

2010年代後半になると、「歌い手」と呼ばれるネット発のボーカリストは大きく二つの活動形態に分かれるようになる。一方は既存楽曲のカバーを中心に行い、自身のパーソナリティやキャラクター性で支持を集める“アイドル型”。もう一方は、自ら作詞・作曲・歌唱を手掛けるセルフプロデュース型であり、特に後者はVOCALOIDを活用してオリジナル楽曲を発表し、シンガーソングライター的な立ち位置で商業的成功を収めるケースが多く見られた。

 

影響を受けたジャンル

音楽的特徴

楽器

第3世代では、メインボーカリストにVOCALOIDを起用する割合が大きく減少した。代わりに、人間の歌手による歌唱やゲストボーカルとのコラボレーションが増え、VOCALOIDは制作過程のデモやサポートボーカル的役割として使われるケースも目立つようになった。

歌詞

VOCALOIDキャラクターの性格や心情を直接的に描いた楽曲はほとんど見られなくなり、作詞内容は完全にキャラクターから切り離された、作家本人や一般的なリスナー視点に基づくものが主流となった。

その他

ミュージックビデオにVOCALOIDキャラクターが登場しないケースが多く、代わりに抽象的なアニメーションや実写映像、イラストを主体とした表現が用いられるようになった。これにより、VOCALOIDを知らない層にも違和感なく届く作品作りが可能となった。

楽式

商業性を強く意識するようになった結果、楽式はメインストリームのJ-POPに近づき、「wowaka式」(リフ|A|リフ|A|B|C構成)を採用する楽曲はほぼ見られなくなった。ただし例外的に、DECO*27『愛迷エレジー』(2013.12.18)やAyase『ラストリゾート』(2019.4.30)など、一部の作品ではwowaka式が意図的に用いられている。

 

代表曲

DECO*27 – 【DECO*27】愛迷エレジー feat. marina【Music Video】(2010.12.1)

DECO*27 – 愛迷エレジー feat.初音ミク (2013.12.18)

『愛迷エレジー』は、ボカロPとして知られるDECO*27が、人間ボーカリストであるmarinaを迎えて制作した最初期の楽曲として知られる。リズムや歌詞の詰め込みによって息継ぎの余裕がほとんどない構成を、人間でも歌いこなせることを示し、「歌い手」文化の広がりに拍車をかけた作品である。

2013年には、ボーカリストに初音ミクを起用したセルフカバー版がYouTubeで公開され、オリジナル版の人間らしい歌唱と、VOCALOIDならではの機械的かつ正確な発声との対比が話題となった。本作は、商業性を帯びたJ-POP的な楽曲構造を持ちながらも、リフ|A|リフ|A|B|Cという「wowaka式」の楽式を踏襲しており、第3世代においても例外的にボカロ黎明期の構造美を継承した作品として位置づけられる。

 

ハチ – GUMI MV「ドーナツホール」(2013.10.28)

米津玄師 – YANKEE – ドーナツホール (2014.4)

『ドーナツホール』は、ハチ名義としては約2年9か月ぶりに発表されたVOCALOID楽曲であり、ボーカルにはGUMIを起用している。軽快なテンポと中毒性の高いメロディ、そして円環や空虚を象徴する歌詞表現が特徴で、リリース直後からニコニコ動画やYouTubeを中心に大きな反響を呼んだ。

翌2014年、ハチとしての活動と並行して本名名義・米津玄師として発表したアルバム『YANKEE』に、自身によるセルフカバー・バージョンを収録。これにより、同曲はVOCALOID楽曲としての人気を維持しつつ、商業的な音楽市場においても広く認知されることとなった。

本作は、VOCALOIDシーンからメジャー音楽シーンへの移行・橋渡しの象徴的事例として位置づけられ、第3世代における「商業化・大衆化」という流れを代表する楽曲のひとつとなっている。

  

HoneyWorks – ずっと前から好きでした。(2014.1)

HoneyWorksによる『告白予行練習』『初恋の絵本』『ヤキモチの答え』を中心とした一連の楽曲群は、「告白実行委員会~恋愛シリーズ〜」と総称され、高校生たちの恋愛模様を描く青春群像劇として展開された。『ずっと前から好きでした。』は、同シリーズの世界観を基盤に制作されたアルバム4作のうち、第1作目にあたる。

このプロジェクトは楽曲制作のみならず、キャラクターデザインやストーリーボードを含めた総合的なメディア展開が特徴で、商業化を強く意識した第3世代VOCALOID関連プロジェクトの代表例となった。特に2016年に公開されたアニメ映画『ずっと前から好きでした。〜告白実行委員会〜』では、明確に中高生をターゲット層として設定し、恋愛ドラマ性を前面に押し出した結果、動員25万人・興行収入3億円を突破する大ヒットを記録した。

本作は、VOCALOID由来の楽曲プロジェクトが、ターゲットマーケティングとメディアミックス戦略を駆使して商業的成功を収めた好例として、後続の類似プロジェクトにも多大な影響を与えた。

 

ピノキオピー – すろぉもぉしょん / 初音ミク (2014.5.27)

ピノキオピー – HUMAN (2016.11.23)

ピノキオピーは、初音ミクと自身の肉声をユニゾンさせる独自の歌唱スタイルを特徴とし、さらにMV内で初音ミクをモチーフとしたキャラクターを前面に登場させるなど、第1世代VOCALOIDの精神性を色濃く継承している。『すろぉもぉしょん』では、合成音声ソフト「AquesTalk」(通称「棒読みちゃん」)を効果的に使用し、機械的な声質と人間的な歌唱とのコントラストによるユニークなサウンドを実現した。

2016年にリリースされた1stアルバム『HUMAN』では、初音ミクと自身の肉声を本格的に融合させる表現に挑戦。機械と人間の境界を意識的に曖昧にするコンセプトは、第3世代VOCALOIDにおける新たなアプローチとして高く評価された。商業化と大衆化が進む中でも、VOCALOIDのキャラクター性や象徴性を活かしつつ新しい音楽的試みに取り組む姿勢は、シーンの中で独自の立ち位置を築いている。

 

バルーン – シャルル/flower (2016.10.12)

須田景凪 – シャルル/バルーン (self cover) (2016.10.17)

『シャルル』は、ボーカリストにガイノイド社のVOCALOID「v flower」(通称「flower」)を起用した楽曲で、切なさと儚さを帯びたメロディと失恋をテーマにした歌詞が特徴的である。2024年現在、flower単体のオリジナル曲としては再生数第2位を記録しており、同音源の代表曲として広く知られている。

発表からわずか5日後、作者であるバルーンが本名名義の須田景凪としてセルフカバー版を投稿。このバージョンはさらに大きな反響を呼び、2024年時点で再生回数9000万回を超えるメガヒットとなった。セルフカバーの成功は、VOCALOID楽曲がクリエイター本人による歌唱を通じて商業的市場にも浸透しうることを示し、第3世代以降の「VOCALOIDからシンガーソングライターへの移行」という潮流を象徴する事例となっている。

 

Eve – ドラマツルギー / 初音ミク (2017.10.10)

Eve – ドラマツルギー – Eve MV (2017.10.11)

Eve – お気に召すまま / 初音ミク (2017.11.29)

Eve – お気に召すまま – Eve MV (2017.11.29)

『ドラマツルギー』はEveを含む5人、『お気に召すまま』は6人による合作として制作され、それぞれ初音ミク歌唱版がニコニコ動画に投稿された翌日に、Eve本人によるセルフカバー版がYouTubeで公開された。セルフカバー版はいずれもVOCALOID版を上回る人気を獲得し、2024年現在、『ドラマツルギー』は1億7000万回、『お気に召すまま』は1億3300万回を超える再生数を記録している。特に『ドラマツルギー』は、2019年にはドラマ『フォローされたら終わり』の主題歌として起用され、さらに幅広い層に認知された。

両曲は、VOCALOID発表から短期間でセルフカバー版を公開する手法の成功例としても知られ、VOCALOIDシーンからシンガーソングライターとしての商業的地位を確立する流れを象徴している。

 

まふまふ – 廃墟の国のアリス/まふまふ feat. 初音ミク (2018.8.20)

まふまふ – 廃墟の国のアリス/自分で歌ってみた【まふまふ】(2018.9.6)

『廃墟の国のアリス』は、「歌い手」としても活動するまふまふが初音ミクをボーカルに起用して制作した楽曲である。幻想的かつダークファンタジー的な世界観を持つ歌詞と、壮大なサウンドスケープが特徴で、発表後すぐにVOCALOIDファンのみならず幅広い層から注目を集めた。

公開から約2週間後には、まふまふ本人によるセルフカバー版が投稿され、VOCALOID版とは異なる感情表現や歌唱ニュアンスで新たな魅力を提示。VOCALOIDによる機械的な精密さと、人間歌唱による情感の対比が、両バージョンの相互人気を高める結果となった。

まふまふは、自らVOCALOID楽曲を制作しつつ、そのセルフカバーも行うという二重のアプローチで活動を展開。これにより、VOCALOIDシーンと「歌い手」文化の橋渡し役となり、第5世代の興隆や商業化の流れにも大きな影響を与えたアーティストとして位置づけられる。

 

YOASOBI – 夜に駆ける (2019.11.16)

Ayase – 夜に駆ける (初音ミク Ver.) (2019.11.17)

『夜に駆ける』は、コンポーザーAyaseがプロデュースする音楽ユニットYOASOBIの1stシングルであり、小説『タナトスの誘惑』を原作として作詞・作曲された作品である。その制作背景からも、物語性を音楽で表現するというConcepted VOCALOIDの精神を継承した楽曲といえる。

リリース直後からSNSや動画配信サイトを通じて急速に拡散し、2020年1月にはSpotifyバイラルトップ50(日本)で1位、同年4月にはLINE MUSIC月間ランキング1位、さらにSpotifyバイラルトップ50(グローバル)で6位を記録するなど、国内外で高い人気を獲得した。

同年のBillboard Japan Hot 100年間チャートでは首位を獲得し、チャート開始以来、CDをリリースせずに年間首位を達成した初の楽曲として歴史的記録を樹立。リリース翌日には初音ミク歌唱版も投稿され、YOASOBIのファン層とVOCALOIDコミュニティ双方にアプローチする戦略的展開が行われた。これにより、商業ポップスとネット発音楽文化の融合を象徴する作品となった。

 

かいりきベア – 【公式】 バグ/かいりきベア feat.初音ミク (2022.6.25)

25時、ナイトコードで。 – バグ / 25時、ナイトコードで。 × 鏡音レン (2022.6.18)

かいりきベアは、アーティストへの楽曲提供において、商業歌手やキャラクターユニットによる歌唱バージョンと、自身が制作したVOCALOID歌唱バージョンをほぼ同時期に発表する手法をしばしば採用している。このスタイルは、商業的展開とVOCALOID文化の双方に訴求できる戦略として機能している。

『バグ』は、スマートフォン向け音楽リズムゲーム『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』の書き下ろし楽曲であり、初音ミク版と鏡音レン版が公式に存在する。特に鏡音レン版はゲーム内のユニット「25時、ナイトコードで。」によって歌唱され、キャラクター性と楽曲の高い親和性が話題となった。

2024年時点で、『バグ』はVOCALOIDが歌唱した楽曲を別のVOCALOIDが公式カバーした事例としては最も再生数が多く、ゲーム発楽曲とネット発VOCALOID文化の融合を象徴する作品のひとつとして位置づけられている。

 

関連作品

supercell – Today Is A Beautiful Day (2011.3)

EGOIST – Extra terrestrial Biological Entities (2012.9)

supercell – ZIGAEXPERIENTIA (2013.11)

第1世代VOCALOIDを代表するクリエイター集団であったsupercellは、第2世代が盛り上がりを見せていた時期にはすでにメジャーデビューを果たしていた存在であり、その功績なくして後のボカロPによるメジャーデビューの道は開かれなかったと言っても過言ではない。初音ミクを用いた活動で築いた人気と実績は、インターネット発音楽クリエイターが商業音楽シーンへ進出するための先駆的モデルとなった。

その後もsupercellは、アニメ・映画・ゲームなど多岐にわたるタイアップ楽曲を制作し、EGOISTとしての活動も含め、日本の音楽業界における商業的成功例として確固たる地位を築いた。2024年現在では、5人のボーカリストをプロデュースしながら多数のタイアップ曲を手がけ、メジャー音楽シーンとネット発クリエイター文化の架け橋として、業界の発展に大きく貢献している。

 

DAOKO × 米津玄師 – 打上花火 (2017.8.10)

米津玄師 – Lemon (2018.2.27)

『打上花火』は、アニメーション映画『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』の主題歌として制作され、透き通るような歌声と情景描写的な歌詞が印象的な楽曲である。DAOKOと米津玄師のデュエットによる独特の浮遊感あるサウンドは映画の世界観と高い親和性を持ち、幅広い層に受け入れられた。

『Lemon』は、ドラマ『アンナチュラル』の主題歌として書き下ろされ、喪失感とそれを抱えながら生きる心情を描いた歌詞と切ないメロディが共感を呼び、社会現象的なヒットを記録した。

米津玄師は、VOCALOIDシーンで「ハチ」として活動していた経歴を持ち、その表現力と音楽性を商業ポップスに昇華させた代表的存在である。2024年現在、YouTubeにおける日本人アーティストのMV再生回数トップ10に自身の楽曲が4曲ランクインしており、『打上花火』は6億回、『Lemon』は8億回を突破。こうした実績から、21世紀を代表する日本人アーティストの一人として国際的にも高い評価を得ている。

 

Eve – 廻廻奇譚 (2020.11.20)

『廻廻奇譚』は、テレビアニメ『呪術廻戦』のオープニングテーマとして書き下ろされた楽曲である。疾走感のあるバンドサウンドと緻密なメロディライン、そして作品世界に寄り添いながらもEveらしい哲学的かつ比喩的な歌詞が融合し、アニメと共に高い人気を博した。

2024年現在、YouTubeにおけるミュージックビデオの再生回数は3億6000万回を超え、ストリーミング再生も3億回を突破しており、日本発のアニメ主題歌としては世界的な成功例の一つに数えられる。

 

YOASOBI – アイドル (2023.4.13)

『アイドル』は、漫画『【推しの子】』およびそのスピンオフ小説『45510』から着想を得て制作された楽曲で、テレビアニメ『【推しの子】』のオープニングテーマとして起用された。原作のテーマである「偶像」と「真実」の二面性を巧みに音楽へと落とし込み、疾走感のあるトラックと中毒性の高いメロディで国際的な評価を獲得した。

YOASOBIは第3世代の枠を超え、日本を代表するアーティストとして世界的に活動しており、2024年現在、同ユニットによる楽曲のうち8曲が1億回再生を突破。特に『アイドル』はYouTubeでの再生回数が4億7000万回を超えるメガヒットとなっている。

 

派生したジャンル

影響を与えたジャンル